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本番ストレス

オルガンの講習会の最後に、月曜日コンサートを組み合わせると、勉強した中の一曲を「仕上げる」ことができます。私も昔オルガン講習会に行った時、生徒の発表会があったら、弾きたいと思って必ず挙手していました。人数の多い講習会だと、全員は演奏できないので、外れてしまった時は、選ばれた人はいいなあ、と思ったものでした。


面白いもので、発表会のある最終日前夜が近づいてくると、羨ましい気持ちはだんだん薄くなり、発表会の直前など、「弾かなきゃいけない人じゃなくて良かったあ」みたいな「ラッキー!」な気持ちにすらなるのです。これはなんのせいか?


ストレス!


本番ストレスのせいです!


ともあれ、私も弾くとなればもちろん本番ストレスは感じつつ、そこまで嫌なものだとは思わない質でした。やっと誰かが自分の演奏を聴いてくれるんだ!というような「日陰の人」メンタリティーで、人前で演奏できることが楽しみすぎて「ストレス」という言葉のネガティブな部分は実感できていなかったと思います。


その後、自分自身の娘や、大勢の、本当に大勢の生徒さんたちが、ストレスという言葉を聞いて思いつく限りのあらゆる不調を相手に、本番のたびに戦う姿を目の当たりにしました。


企画した講習会の生徒の演奏が無事に終わった後、おのおの、ひどいストレスはなんとか避けられたかな、と私が思っていた時、ある生徒さんが「実はね」と、ある一小節でパニックしてわけわからなくなったと言いました。私はそんなこと感じられなかったので「えー全然わからなかったよ」と言うと、一瞬「ほんとかな」というような顔で私のことを見ていました。「オルガンってそういうのわからないから大丈夫なんだよ」と私がいうと、笑っていました。


その後、その生徒さんは、この講習会ではストレスのマネージメントがうまく行ったと感じたことを、書いて伝えてくれました。一小節のパニックが一小節で抑えられたという事もあるかなと思います。何より、生徒さん本人が「マネージできた」と言えることが、大きいと思います。別の生徒さんは、また違った状況下の本番で、譜面を見ながら最後までちゃんと弾きつつ、その手が小さく震えているのを私も心の中で震えながら見ていましたが、

終了後「今日は手が震えることなく弾けた」と私に言いました。素晴らしいと思いました。本人が「よし」と思う。その人の人生にとって、演奏するという行為が「良いこと」になり得たということです。


私の学生時代、音大では「ストレスなんて本人の性格次第」というような運命主義的な扱いが多かった気がしますが、そんなこと言ったら太っ腹で雑な演奏家しか排出できなくなってしまいます。私だってそんな無神経な方ではないと思う、と言いつつ…


今だから白状しますが「結構、雑な性格です」


先生として、ストレスについてまだまだ勉強しなければ生徒さんの気持ちはわからないです。わかりすぎても辛そうだし、雑だからいいところもあるのかも、と信じたいですが。


他人を育てて、弾かせる。なんて、大胆で大変な仕事でしょうか?

桃代


(人が入っている。もうすぐ本番!)


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