• Momoyo

バラ満開の季節


一月の新月に脳梗塞で倒れて入院していた父を、たまたま2月中旬に夫婦で帰国の予定があってお見舞いして、同時期に自分もなぜか初めての肺炎にかかり、その後、弟たちと母がしっかり父を看取ってくれて、振り返ってみると私には何が何だかわからないうちに父は他界し、その葬礼拝に参加するために三月の初めに再び一家で帰国して、とても密度の濃い時間を親族、家族、友人たちと過ごしました。

昨年の8月に日本で演奏会をして楽しい時間を一緒に過ごせたこと以外、本当に親孝行は何もできなかったのですが、父は、親孝行をして欲しそうに見えたことのないお父さんでした。

「いいな、フィリエの演奏会を生で聴きたいねえ。」

そう言った父のおととしの一言は、そういう意味で珍しかったので、私は本気でそれを受け止めて、企画をすることになったのでした。

歩くのが難儀になってきた日々にも、そのことについて文句を言っていなかったし、一日中眠ったり起きたりしていると夜まとめて眠れず、かと言って本を読むのが億劫な時に、一晩中やっているラジオがあるんだよ、それがとても良いんだ!と嬉しそうに言っていました。いつでも、「何々がとても良いんだよ!」と人にオススメしてばかりいる父だったと思います。ハイドンが、良いんだよ!ヴァイオリンってすごく良いんだよ!特にクラシック音楽が好きになってからは(前はアルゼンチンタンゴが一番好きでした)やたらにオススメして来て、さらに、「音楽評論って素晴らしいねえ。」と、言語描写できないものに挑んでいるから、あるいは父には理解できなかったことが、ある評論のおかげで理解できたからか、音楽理論にすごくハマったこともありました。

というように、私に対しては、自分のために何かしてほしいという要望が滅多になくて、常に「これいいよあれいいよ自分は充足しているよ」ということを妙に表現する父だったと思います。ワインもこれはいいよ、コーヒーもこういういうふうに淹れるのがいいよ。

そのような人が急にいなくなってしまった時に、ワインを飲んでいると

「ああーいいよいいよ言ってくれる人がいなくなったなあ。」

と、感じます。

母は、紅茶の方が好きで、自分はコーヒーが苦手なのに、コーヒーを飲む人がいなくなったのでそのコーヒー豆を使おうと、自分で淹れて父にお供えしつつ、多分同じような気持ちになりながら、飲んでいるようです。

娘は学校の室内楽の試験でハイドンの四重奏を仲間たちと弾いていますが、ハイドンをおじいちゃんのことを考えないで弾くのが無理になってしまいました。

自分で「これは良いなあ。」と感じた時に、「良いでしょう。」という気持ちを表現したくて、私はインスタグラムに猫ちゃんの写真やバラの写真を載せます。でも、インスタは未知の人たちに向けたものなので、「あんた良いって言ってるけど別に良くないじゃないの。」と感じる人がいたとしたって私は関係ないし(責任取る必要ないし)、と軽く構えています。

でも父はすぐそばの人たちに、時には煙たがられたりしたとしても全く意に介さずに、「良いんですよこれは!」と日々オススメし続けていました。

政治や仕事のことに関して「これは全くダメなんですよ!」ということも、反論や圧力を恐れることなくはっきり言っていたので、この二つのことは同じ行動の表れだったのかと思います。

父は、「何か言うときは責任を持って言うように。」といつも言っていたし自分も言ったことを一つも忘れたりしなかった(なぜか83歳で物忘れやボケがなく、耳も最後までむちゃくちゃ良かった)。

不思議な感覚ですが、父が去ったことで、私の責任者はこの先、永遠に欠席になりました。父が、私のぶんも責任を持って「あれはいい、これはいい」と決めてくれていた部分はあったのかなと思います。そのことをふとした折に、はっと気付かされては、「30年間も一緒に住んでいないのに、頼っていたのだなあ」と思うし、よかろうが悪かろうがいいじゃない、そんなことは個人個人で決めさせれば、とクールに感じることも多かったけれども要するに「いいんだよ!」と言うあの嬉しそうな様子、「これは大事なことなんだよ!」と言う時のあのまっすぐな様子、「父によってそういう感情が生でこっちに伝えられた」という体験が、私たちを育て続けるのだと思います。

私も自分自身が親となり、その娘が自立しようというその瀬戸際の季節まで、父が「いいんだよ」と言いながらそこにいてくれたことは、私の人生にとって満開のバラのような祝福であったと、思うのでした。

少し今年の父の日には早いけれど、お父さん、ありがとう。

さみしいけれど、私に良いと思えることをちゃんと人に伝える努力を、これからはもっと責任を持ってするから、見ていてね。

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(赤いリップのこと)

考えてみれば、私は父の万年筆だとか、父の持っていたようなグレーのタータンのマフラーとか、割に「中年男性」っぽいものが小学生の頃から好きでした。ロンドンのオルガンの学校に入って男の子の生徒たちのようにグレーのズボンを履いて男子に紛れて勉強していて一切の違和感を感じずにいたものです。父が去ってからとてもさみしい水の袋を胃の中に突っ込まれたような気分でいましたが、やっと春が来て、5月の母の日が過ぎた頃から、どうしても赤いものを身に付けたい気持ちになり、真っ赤なリップを買いました。その赤にたどり着くまで随分探しました。下の写真がその証拠です(これ、全て違う口紅です。そして全て、私が思っている赤ではない)。

そしてとうとう自分の思う赤色を見つけ、それをつけている間は少し元気な気分になるので本当に不思議だと思いました。以前は、お化粧をすること自体で元気が出ていたのですが、今はベージュや薄いピンクの口紅をつけている自分は少しさみしそうです。でもさみしい時にさみしい顔でいることも大事だと感じられるし、泣く時に泣くことは何かに似ていると思っていたのですが、それは演奏に似ています。「そういうこと」を本当に表現しようと思ったらそれを堂々と表現するだけ。赤リップとどう関係があるのかわかりませんが。


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