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玉手箱

「バッハとト長調」ミニ・コンサート・ツアー(というと大袈裟なのですが、そう呼んで楽しむことにしています)、第一回のリサイタルが終了し、私は大奮闘ののち、気温21度のブリュッセルなのにすっかり茹でダコのように真っ赤になってオルガンの階段を駆け下り、オルガンのすぐ下の地上からお客様にご挨拶しました。ランチタイム・コンサートなのに、横に引っ込んだあとで拍手が鳴り止まずもう一度ご挨拶することができ、本当に感謝でいっぱいでした。


そのあと郵便局に向かい、7月13日に投函された小包をようやく受け取りました。最近のベルギーの郵便局も、アプリを使えるようになって半年ほどなのですが、関税の変更があった七月一日以降、小包が各地で渋滞しているらしく、今回の荷物はアプリの情報がギリギリ前日の更新でした。届くと連絡のあったのを見たらすでに当日で、受け取れなかった荷物は担当の郵便局に取りに行くように、という手紙が郵便受けに入っていましたが、取りに行くと「まだ届いていません」ということが2回続けてありました。今日のコンサートの後「届きました」と通知があったので、その足で向かうと、もうすごい人の列で、郵便局からはみ出て道に人がたむろしていました。コロナ対策で、局内は8人までと書いてあるのに、子供づれで3人家族で来ている人も中にどんどん入っていくし、てんやわんや。順番待ちのチケットを握り締めて道路で待つこと45分、ようやく届いたのは、なんと「秋に着る用の茶色い袷の着物2枚」でした。


なぜそんなに驚くのかというと、その前に母が日本から郵送してくれた、たとう紙(着物を畳んでしまうための和紙)数枚と娘用の道行(という上着)の入った4月投函の小包と単衣の紬が入った6月投函の小包がいまだに届かず、「春に着る予定だった道行」と「夏に着る予定の単衣の紬」を飛び越えて「秋の茶色い袷」が先に届いたからです。さらに言うなら、友人が送ってくれた草履も届いていません(7月投函)。ここに、わざわざこんなことを書いているのは、ただただ「恨みがましい」気持ちになっているからに違いありません。先に届いた袷は、プロの輸出業者が郵送したものだから、優先的に届いたのだろうと思います。今までに荷物が遅れていてもここまで恨みがましくならなかった。お着物に対する執着ってこんな?!と、我ながらびっくりしているのもまた事実です。


大きめのダンボールの包みを抱え、てくてく帰宅すると、演奏会後の「ゆでダコ」はどこへやら、すっかり涼しい顔になり、袷なのに着てみたくてたまらなくなり、茶色い美しい紬地の小紋と、芸術品みたいな茶色い江戸小紋を順繰りに着付けました。紬には花のついた白い帯を、江戸小紋には茶色い縞帯を。どちらも名古屋帯で、久々に袷に付けたのでなんだか良い気分でした。絹が窓のそばで光に当たる様は、立ち止まって眺めてしまうほどの美しさです。自分が着ていることを忘れる、というと不思議ですが、洋服なら自分がみっともなくないか気をつけて鏡を見ますが、着物だと「みっともなくないかどうか」などと思うことすらはばかられます。要するに、絹物の前で、謙虚にならざるを得ない。


こうして、日本からなんとか届けられる貴重な着物の小包は、私にとって本当に玉手箱のようなものです。オリンピック閉会式では、水色の色留袖を見ることができたそうですね。少しでも着物が映るときっと私はガン見してしまったと思います。今年は競技をひとつも見ることはできないままでしたが、色留の三つ紋ってどんなのか、見てみたいなと思いました。皆さんは、どう思いましたか?状況に合って、お似合いだったでしょうか。

桃代


(そういえば、半襦袢の襟が絽のままでした)





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