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着物

最終更新: 7月7日



外出規制がやや緩くなった5月20日、

人出はまだあまり多くないブリュッセルの街に出て、紬着物でトラムに乗り、和食食品店へお米を買いに行って帰る、

というチャレンジをしてみた。


近所の歩道で、2人のおじさんが3メートルぐらいちゃんと離れて、マスクをしたまま(それでもそこで立ち止まって喋ったりすることも稀な光景になっていたので、結構嬉しそうに)お喋りしていた。


歩道を歩いて坂を登ってきた私は

・2人の間3メートルの隙間を通るか、

・車道に降りて遠回りして行くか

の選択を迫られ、自分は着物を着て草履でキャディーを引っ張るという慣れない格好なので、車道に降りるのをやめて

おじさんの間を通った。


すると一人のおじさんが、

「見てごらん、素敵な格好をした奥さんが通る」

とめちゃくちゃ優しく言ってくれたので、

私は「この人たち歩道占領しちゃって、困るんだけど」

と思っていた気持ちを改め、ふたりのど真ん中をニコッとして通り、

そのまま、「るんるん」とトラムまで歩いた。


通りはほぼ人がいなくてトラムも閑散としていて、

羽織姿でキャディーを引っ張っていても、

ぶつかったりこすれたり、

そんな危険もなくて、誰からも変な目で見られたりもなく、

「ランニング・ジャージでトラム乗るより、

全然恥ずかしくないぞこれは!」

と思いながらホクホクとトラムを降りた。


青信号になった横断歩道を渡るときに、

事件は起こった。


右から強い風が吹いて、赤信号で停車している車の目の前で、


着物の上前がひらーん


と、見たことのない感じに舞い上がって、

片手でキャディーを引っ張りながら

もう片手で着物の前を必死に押さえて、

草履がつまずきそうになりながら

横断歩道を渡る素敵な格好をした奥さんは、

もう少しでこけるところでした。


その先は少し下り坂になっており、

草履で下り坂を歩くのは

なかなかに難しいのう、と苦労しつつ、

和食スーパーにようやくたどり着いたとき、

入り口のドアの前で

「お米買うのやめよう…」

奥さんは作戦変更を決断した。


5キロの米俵をこの格好で運搬するのは

あのマリリン・モンローの信号を再び渡るとき危険すぎる。


そう決めてしまうと心が軽くなって、

ちりりん、と日本的な鈴の音を鳴らしつつ

ドアを開けて店に入ったとき、

乾物を手にするには、

店の小さな螺旋階段を登らなければならない、と気づく。


ここまで来て階下で売っている白菜とお豆腐だけキャディーに入れて

帰るわけにはいかない。

がんばれ、螺旋階段では着物の裾を端折ったらいいじゃないか、

と、当たり前のことなのだがいちいち細かく頭の中にテロップが流れる。


奥さんは台所を満たしたい一心なので、

みりんや醤油や胡麻油や米酢を確保することしか考えていないのだが、

なぜか上の階にいたお客のベルギー人のおじさんに、

このラーメンはどんな味か聞かれた挙句、

日本で撮ってきた舞妓さんの写真をスマホで見せられるという、

謎の日本xベルギー友好の時を持ち、

ついでだから自分もラーメンも確保して螺旋階段を降り、

白菜と豆腐もゲットして、

ついにレジへ向かい、

羽織の中でプカプカしている2つのお袖に翻弄されつつ

キャディーに品物を詰め終えて、

帯の間に周到に挟んできたカード入れから

キャッシュカードを取り出して


とうとうゴーーールイン!!


…じゃない、お支払いを済ませると、

急に疲労感に襲われて

「誰かお茶淹れてくれませんか…」

と言いそうになる。


その瞬間、レジの女の子が

「お着物、素敵ですね」

と褒めてくださって、奥さんはまた帰り分の元気をもらったのだった。


着物を着て和食の買い出しに出ることは、

つまらない自粛期間中の遊びの延長だったけれど、

指差されたり

じろじろ見られたり

馬鹿にされたりされたら、

外で着るのが、もう嫌になるだろうと思う。


逆に、誰も見ない、誰も気にしない、

そういう感じなら、気楽にまた着ていこうという気持ちになれたはずだったけれど、

結局、着物を着ていたからなりの

会話のような交流のようなものがあった。


そういうことをちゃんと期待していた自分もいた。


私はそんなに社交的ではないので、

毎日そういう冒険をできるかといえばそうではないのだけれど、

着物を着られるようになっただけで

そのこと自体が冒険になりうる、

それは本当に新鮮なこの春の発見でした。


何より、絹というのは、本当に気持ちが良いです。




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